ミステリの中のマジック・シーン 第二回
2004年話題になったミステリを読んだ。
その中でマジックシーンがあったので久しぶりに第二回を。
●乾くるみ「イニシエーション・ラブ」
原書房 ミステリー・リーグ 2004.4.5発行 定価¥1,600+税
話は始まったばかりの18ページめ、合コンの席で登場人物の一人北原が百円玉4枚を使ったコイン・マジックを始める。
「青島さんが途中で余計な手出しをしたのだが、北原はまったく慌てたそぶりも見せずに、左腕を押さえ込まれた状況のまま、見事にコインを移動してみせたので、僕はビックリしてしまった。
たぶんそういう邪魔が入ったときでも、うまく見せられるように、手順の中に何らかの工夫が施されていたのだろう。」
マジシャンがマジックを見せているとき、テーブルの上にあるトランプをいきなりひったくる人、マジシャンの握った手を無理やり広げようとする人をときどき見かける。
これはそのような行為に観客を走らせてしまうマジシャン側に責がある。
そのようなことが起こらぬようなんらかの対策を、例えば、むやみに手を出すとその場の雰囲気がこわれてしまうよといったオーラをかもし出す、あるいは、「テーブルにおいたこのカードは魔法のカードです。途中で誰かがめくると魔法の効力が失われてしまいます。最後になるまで誰の手にもさわられていないことを見ておいて下さい」と言っておく、などなどを打つのだがマジシャンの力およばずこういった妨害に合うことがある。
そう。
見る側に悪気が無かったとしてもこの行為は、マジシャン側から見ればこの場を支配することができなかった自分の落度であると頭の中でわかっていても感情面では妨害にしか見えないのである。
そのようなときどう対応するか。
一つの方法は北原がとった方法。
「噂によると彼のマジックは玄人はだしで、それは手先の器用さだけでなく、当意即妙の受け答えなどといった点も加味した上での評価なのだという。
どんな事態にも冷静に対処できる器用さが −少なくともマジックを演じているときの彼には− 備わっているのだろう。」
これは、「器用」と呼ぶよりマジシャンから見れば「優れた感覚」と呼んだほうがいいだろう。
本筋とは関係ないが印象に残った場面なので今回とりあげてみた。
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北原ほどの「優れた感覚」を持ち合わせていないマジシャンはどうすればよいのか。
一つは、手を出されて困るマジックを一切演じない。
もう一つは、マジックをその時点でやめてしまう。
ただしこれはアマチュア・マジシャンのみにかぎって。
またその場の雰囲気を壊してもかまわないと開き直った場合だけ。
そして手を出してきた人が「二度とマジックなんか見てやるものか」と思ってもいいのであれば。
プロ・マジシャンの場合はそうもいかない。
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今回の話題についてそのうちあらためてもう一度。
『イニエーション・ラブ』の感想はそのうちに。